子どもたちは絵本のなかでモンゴルに出会う

* この記事は、モンゴルの経済誌「Mongolian Economy」(2017年9月発行)に寄稿した記事を和訳したものです。

インターネットで簡単に情報を得られるようになったこともあり、日本で出版される本の年間売上額は10年前に比べると約60%に減少した。しかし児童書のカテゴリーは例外で、売れ行きが以前も今も変わらない。いつの時代も大人は大切な子どもに良い絵本を積極的に買うためだ。そんな日本の児童書分野でモンゴル人のバーサンスレン・ボロルマー(Баасансүрэн Болормаа)さんは、これまで16冊の絵本や紙芝居を出版している。

絵本のマーケットは不況を知らない

日本の年間出版物売上推定額は、ピークを記録した1996年で約2兆6563億円。しかしその後年々減り続け、2016年は1兆6618億円に。このうち電子書籍は少しずつシェアを伸ばし、2020年には3000億円に達すると予測されている。一方、紙の書籍は雑誌や文芸など多くのカテゴリーが売上減少傾向にあるものの、児童書は800億円前後の売上をずっと維持しているのが興味深い。

日本では毎年約4000点の児童書が出版され、絵本もここに含まれる。子どもに新しい世界との出会いをもたらす絵本は、子育てに欠かせない重要なアイテムだ。親は子どもから「この本読んで」とせがまれて、読み聞かせる。その間、親子は同じ世界を共有する。子どもは気に入った絵本を何度も繰り返し読み、豊かな言葉と絵に触れながら成長していく(ここでいう絵本はMANGAとは別のもの)。

世界の子どもたちにモンゴルの魅力を伝える

そんな日本で、多くのファンを魅了しているモンゴル人の絵本作家がいる。ウランバートルで生まれ育ったバーサンスレン・ボロルマーさんだ。

彼女の実家では、モンゴルが社会主義から民主化主義へ移行した時期に両親の仕事が上手くいかなくなり、家計がとても苦しくなったという。しかしどんなに貧しくても、母親はボロルマー少女を絵画教室へ通わせることをやめなかった。

さらに実家で同居していた祖母は、草原の暮らしについて毎日孫のボロルマーさんに生き生きと語り聞かせた。「そのおかげで私は昔も今も遊牧文化を絵で表現するのが大好きです」とボロルマーさんは話す。

1991年、9歳になったボロルマーさんは在モンゴル日本大使館主催の絵画コンクールで優勝し、その副賞で日本を初めて訪れた。中学生になると、J.ダシドンドグさんなど有名なモンゴル児童文学作家たちの本に挿絵を描く仕事も始めた。その後も国内外のコンクールで23個のメダルと44枚の表彰状を受けたボロルマーさんにとって、絵を描くことが生きる希望の光になっていった。

やがてモンゴル文化芸術大学に入学したボロルマーさんは、後に夫となるイチノロブ・ガンバータルさんと出会う。2004年に日本の絵本コンクールで優勝したのをきっかけに、夫婦は日本で絵本作家としての活動をスタートさせた。

ボロルマーさんとガンバータルさん(2017年の船橋アンデルセン美術館の個展会場にて)

これまでに出版した絵本作品の多くは、夫婦による共作だ。日本では合計16冊の絵本を出版したが、そのいくつかはモンゴル、中国、台湾、韓国、カナダ、フランス、ベネズエラ、デンマーク、スウェーデンなどでも翻訳出版された。作品のモチーフになっているのは、遊牧民の暮らしやモンゴルの伝統的な民話である。

代表作の一つは『トヤの引越し(Тyяагийн нүүдэл)』。外国の子どもはこの絵本を通し、広大な草原で季節ごとに移動しながら生きるモンゴル遊牧民や動物たちの存在を知る。

「読むたびに新しい発見がある絵本を作りたい」とボロルマーさんは言う。彼女が生み出す絵本は、どのページをめくっても小さな草の1本1本まで丁寧に描かれ、宝物にしたくなるような作品ばかりだ。

絵本『トヤのひっこし』(福音館書店)より

モンゴル800年の歴史を描くプロジェクト

2017年前半、ボロルマーさんたちは『あわてんぼうのウサギ(Сандруу туулаи)』と『ゴビのうた(Гобини дуу)』を日本で出版し、2つの個展も成功させた。そして今、チンギス・ハンから始まったモンゴル800年の歴史を1冊の絵本にするという大きな仕事に取り組んでいる。

モンゴル800年史の絵本のために描かれた絵

「どの民族にも、先祖から伝えられてきた民話や伝説、習慣、宗教、教訓があります。グローバル化が進む現代、子どもにとって、その民族ならではの心の教育や道徳を学ぶこと、それを守り後世に伝えていくことの大事さを私は感じています」とボロルマーさん。

そのための素晴らしい道具になるのが、絵本だ。文字だらけの本は難しくて読む気がしなくても、絵本なら楽しく読める。

日本の小学校の教科書には『スーホの白い馬(Suhogiin tsagaan muri)』というモンゴルの少年と馬頭琴の物語が収録されている。内モンゴルから伝わった話だと言われ、この物話をきっかけにモンゴルを知る日本の子どもは少なくない。やがて大人になっても、スーホと白馬の愛情深く悲しい物語が心から消えないように、良い絵本は人の人生に大きなインパクトを与える。

(筆者追記:『スーホの白い馬』という物語ができた経緯についてここで詳しくは触れませんが、「モンゴルの物語である」とシンプルに言いきれない面もあります)

私はモンゴルに行くたび、ウランバートルの書店で魅力的な絵本を探す。単純に自分が読みたいというのもあるが、日本に帰ってから友人にお土産として贈る場合もある。モンゴルには面白い民話が数多くあるので、絵本の文化がモンゴルでもっと発展し、素晴らしい作品が将来数多く出版されていくことを期待している。

『トヤのひっこし』(福音館書店)

『モンゴル大草原800年』(福音館書店)

『空とぶ馬と七人のきょうだい』(廣済堂あかつき)

『おかあさんとわるいキツネ』(福音館書店)