モンゴルには「ホーミー」という摩訶不思議な歌唱法がある。1人の歌い手が、2つ以上の音を同時に出してハーモニーを奏でるのだ。
喉を絞って出す低いほうの音はずっと一定の音階でベースの役割を果たし、その音を口腔内で共鳴させて出す高いほうの音は音階が上下にゆれてメロディになる。
はじめてホーミーを生で聴いたとき、私は味わったことのない感覚に衝撃を受けた。足元からゴゴゴと伝わってくる太いうなり声のような低音と、頭上でウィーンと響く金属音のような高音。歌い手の体そのものが楽器になり、本能に訴えかけるような音色が空間に広がる。空気がふるえているのを肌で感じた。
ホーミーには人の心を癒す効果があり、幸せを呼ぶ音楽だと言われている。出産前の女性に聴かせると安産になるそうだ。
人間だけではない。ホーミーの歌い手は動物の心と通じ合うことができる。たとえばモンゴルでは産後の母ラクダが出産の痛みにショックを受けて、子ラクダにミルクを与えようとしないことがある。そんなときに母ラクダのそばでホーミーを歌って聴かせると、母ラクダは気持ちが安らいで涙を流し、子ラクダにミルクを飲ませるようになるらしい。草原に伝わる遊牧民の知恵である。
ホーミーの起源については、はるか昔にモンゴル西部のアルタイ山脈で、谷間を吹き抜ける風の音を人が真似して生まれたという説がある。
日本の音楽界にも根強いホーミーファンがいて、ユーミンこと松任谷由美さんもその一人。かつてNHKのドキュメンタリー番組の企画で、ユーミンがホーミーの名人に会うためにアルタイ山脈を訪れたことがあった。
その旅に同行していた文明科学研究所所長の大橋力さんの分析によると、ユーミンとホーミーの名人の歌声は、びっくりするほど波形が似ているのだそう。どちらの声にも「倍音」が含まれ、人の耳には聞こえない高音域の超音波を発しているという。
この高音域の音が人の脳のある部分に作用して、快楽時に出るアルファー(α)波を引き起こす。それが心身の安らぎにつながり、自然治癒力が上がって元気になれるのだとか。
人を幸せにする力を持つホーミーだが、悲しい歴史もあった。
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⬇️全文(残り約1000文字)は月刊望星2019年7月号に掲載されています。