アメリカ人女性が留学先のパリで学んだ生活術を綴った本、『フランス人は10着しか服を持たない』が日本でベストセラーになりました。私も読んで影響を受け、手持ちの服をごっそり処分したのですが、そのときふと思ったのです。モンゴルの遊牧民は10着も持っていないのでは……(3着くらい?)。
とある外国人写真家が、面白い撮影をしました。彼は世界各国を巡り、ひとつの家庭が所有するモノを家の前に全部並べてもらって、モノの数を調査したのです。その結果、モンゴルは1人あたりの所有物の数が平均300個で、日本は約6000個だったとか。個人差があるとはいえ、日本人はモンゴル人の20倍所有しているということになります。
最近日本でも海外でも、断捨離や片づけブームがアツいですよね。しかしもともと最低限の物しか持たない遊牧民は、そんな苦労とは無縁の世界で淡々と暮らしています。
彼らが物を溜めることに興味がないのは、季節が変わるたびに引っ越しをする必要があるから。引越し作業はプロの業者が来てくれるわけではなく、家族総出で行います。ときに親戚や友人の助けも借り、自分たちで荷物を運びます。
移動式住居のゲルを1時間半ほどで解体したら、その部品と家具をラクダの背中やトラックに積んで次の宿営地へ。そこでまたゲルを組み立て、家具を設置して作業完了。数百頭の家畜(馬・牛・羊・ヤギ・ラクダ)は、ぞろぞろ歩いて大移動。
そんな人生を送っているので、物を所有する欲がなさそうです。日本人のように、土地も家も財産とみなし子孫へつないでいく農耕民族の思考とは正反対ですよね。
モンゴル語では「家畜」と「財産」を同じ単語(=「マル」)であらわします。家畜は財産そのもので、遊牧民の生活は家畜を中心にまわります。馬に乗って移動し、羊やヤギの肉を食べ、羊の毛からゲルを覆うフェルトや民族衣装のデールをつくり、皮を街で売って現金収入にしたりして暮らしています。
季節ごとに移動するのは、家畜が食べる良質の牧草地を確保するため。もし同じ場所に住み続けたら家畜が牧草を食べ尽くしてしまうので、そうならないよう場所をローテーションし、牧草が回復できるようにしているそうです。
遊牧民家庭の中をのぞくと、物が少ない居住空間でどうやって生活しているのかが垣間見られて面白いです。
ゲルの構造は直径4〜6メートルの円形。扉は南側につけられ、太陽の動きで時間がわかります。ゲルの中央には柱が 2本、その間にカマド。カマドの真上に天窓があいていて、そこを煙突がつきぬけます。
家具は壁沿いにベッドが3〜4つ、食卓となる木のテーブルが1つ、戸棚が数個あるぐらい。外が寒いので冷蔵庫はいらないし、トイレは草原で自由にすればOK。最近はテレビとパラボラアンテナ、ソーラーパネルを備えたゲルも増えていますが、他の家電製品はほとんど置かれません。
上下水道はないので、水がほしければポリタンクを持って川や湧き水まで汲みに行き、ちょびちょび使います。その水で家族全員分のお茶や料理をつくり顔も洗うため、ムダ使いする気になりません。乾燥地帯なのでお風呂は入らなくて平気だし(たまにしぼったタオルで体をふく)、衣服は手洗いして草原の上に広げておけば自然に乾きます。
調理器具も、平たい中華鍋とおたまがあれば、だいたいの事が足ります。朝起きたらこの鍋でお茶をわかし、保温ポットに移し替える。すぐ鍋を洗い、昼ごはんの肉うどんをつくる。食べたらすぐ鍋を洗い、家畜の脂肪を熱で溶かして液体の油をつくり小麦粉をこねておやつのクッキーを揚げる。
以前わたしが居候させてもらった遊牧民家庭は、40歳ぐらいの夫婦と小学生以下の子ども 4人の 計6人家族でした。子どもたちは、外が明るいうちは家畜の世話をしたり、生まれて間もない子ヤギをぬいぐるみのように抱いたり、相撲をして元気に遊んでいました。
やがて太陽が沈むと、子どもたちはゲルの中に座り、ロウソクの灯りをたよりに1冊の本を一緒に読み始めました。一家のふるさとであるウブス県の英雄について書かれた本で、家にはこの本しかないので何度も読んでいるそうです。
私がザックから世界地図を出したら「初めて見た!」と驚き、「日本は水の中にあって溺れないの?」と眉間にしわ寄せて心配されました。東北大震災の津波の映像がモンゴルのメディアでも流れたので、そう思ったのかもしれません。
草原にいると携帯電話の電波も届かないし(場所によっては届く)、夜はすることがないので家族とのおしゃべりに花が咲きます。隣近所のゲルまでは数十キロあり、人と出会う機会が多くない。だから突然の訪問者を大喜びで迎えてくれます。初対面の人でも食べさせて泊めてくれ、お互いのニュースなどを情報交換する。人間の娯楽って本来こういうことなんだろうと、ハッとさせられます。