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このサイトでは、モンゴルに関するニュース、現地で見聞きしたしきたり、遊牧民の暮らしの知恵など、日本人の私がカルチャーショックを受けたモンゴルのもろもろをのせています。書いている私自身は、ふだん東京で実用書やビジネス書などを作るフリーランス10年目の書籍編集者・ライターです。モンゴルへは毎年行くものの、長期で現地に暮らしたことはない「よそ者」です。

メディアでは「月刊望星」でモンゴル関連のエッセイを4年前から毎月連載しています。他に不定期でモンゴルの「デファクト・ガゼット新聞(日本語版)」や日本の新聞・雑誌に寄稿しています。

大西夏奈子(onishi kanako)

2019年8月、ドルノド県の草原にて撮影

なんでモンゴル? 

なぜモンゴルなのかと人からよく聞かれるのですが、こうして深く関わることになるとは自分でも思いませんでした。

私がモンゴルと出会ったのは、東京外国語大学モンゴル語学科に入学したのがきっかけです。ではどうしてそこに入ったのかというと、私にもさっぱりわかりません。そもそも入学試験が難しくて、答案用紙はほぼ埋められませんでした。でも作文は手応えがあったので(受験前夜に逃避で読んだ『ソフィーの世界』がたまたま作文の課題でした)そちらの点数が奇跡的に良かったのかもしれないです。

大学1年生の夏休み、モンゴルに初めて1ヶ月滞在しました。首都ウランバートルは今と違い、放牧中の牛が迷いこんできたりしてのどかでした。そのとき知り合ったゲル地区に暮らす女の子(ロシアとモンゴルのハーフ)と家族ぐるみで仲良くなり、彼女の家に居候させてもらったり、翌年夏はその一家の里帰りに同行してゴビアルタイ県の遊牧民と過ごしたりしました。強烈な体験でした。

しかし当時の私は世界の他の民族とも交流してみたくて、大学3年生のときに休学し、モンゴルではなくカナダのトロントで9ヶ月間遊学しました。

トロントにはさまざまなエスニックタウンがあります。ある日チベット人と道を歩いていると、通りの向かい側から来た中国人との殴り合いが始まりました。成人男性二人が涙を流しながら握り拳でパンチを繰り出す光景を間近で見て、私は衝撃を受けました。どちらも自分の国を思い、自分が信じる情報が正しいと思い、決してわかり合えない二人なのです。
 
トロントでは、出身国や民族によって、学校で学んできたこと、信じる情報がまったく違うことを痛感しました。私自身、韓国の友人たちとある日竹島の話題で白熱して、一瞬で険悪なムードになってしまったことがあります。
 
チベットやチュニジアからカナダへ移住した同世代の難民の子たちが、日本の歴史をよく勉強して知っていたことにも驚きました。私は受験で世界史を選択していて日本史をやらなかったので、自分の国について知らないことが恥ずかしくなりました。また彼らは当たり前のように5〜6ヶ国語を話せました。生きのびるために語学が必須だったんだと思います。
 
翌年春に私は日本へ戻り、就職活動をして50社ほど受けたらことごとく落ち、唯一採用通知をいただいた出版社に入社しました。当時いろいろあってかなり凹んでいたのですが、素晴らしい恩師と出会い元気を取り戻して社会人になることができました。その後2013年にフリーランスになるまでは長期の休みがなく、モンゴルとの縁はほぼ切れていました。

モンゴルに再び通うようになったきっかけは2011年の東北大震災。モンゴル人が毛布や手袋を飛行機に乗せて日本へ届けてくれたこと、モンゴルの国家公務員が1日分の給料を寄付してくれたことを知り、心が熱くなりました。

そして同年5月、毎日新聞にスクープ記事が。日米両政府が原発から出る核廃棄物の処理場をモンゴルの草原につくる計画を進めているという内容でした。モンゴルの友人から「怖いよ、どこに捨てるの」と連絡が来たものの、ネットで探しても情報がほとんどありません。私は広島生まれで核にもともと関心があったのに、何も知らなかった。ショックでした。

かつては関わりのあったモンゴルが急に気になり出し、もっと知りたい!、現地で見聞きしたことを日本で発信したい!という思いが奥底からわきあがり、うずうずしました。

とはいえ学生時代にちゃんと勉強しなかったので、私はモンゴル語が下手で知識もありません。そこでモンゴル人と知り合って教えてもらおうと、東京の道端でモンゴル人っぽい雰囲気の人を見たら、追いかけて「サインバインノー?(こんにちは)」と話しかけるようになりました。サングラスをかけ、タトゥーがあり、胸板が厚く、野生をみなぎらせて歩いている人がいたら、モンゴル人である可能性が高いです。

気づけばこれまで1000人以上のモンゴル人と出会い、お酒を一緒に飲み、話してきました。この中には南モンゴル(内モンゴル)人も含まれます。彼ら1人ひとりの性格は違いますが、総じて明るく陽気で愛情深く、細かいことを気にしません。飲んで歌って踊って笑って、カッと燃えて感情的になってもすぐ忘れます。ひとことで言うとラテン気質なのです。

おおらかだけど激しく、飄々としてそっけなく感じるけれど困っている人がいれば手を差しのべる。大自然にひそむ目に見えない神さまを敬い(日本の八百万の神に通じるものがあります)、日常の中でしきたりを丁寧に守るところにも惹かれます。

自由を愛する人びと

 
モンゴルと日本について、もう一つ大事なことがあります。どちらも北東アジアに属する国であり、表現の自由があるということ。私は日本人なので日本の自由に一番関心がありますが、近所のモンゴルがどうやって自由を守っていくのかにも同じくらい興味があります。中国とロシアが隣国であるという点も、日本とモンゴルは共通しています。
 

東京から首都ウランバートルまで直行便で5時間ほど。すぐそばにある国なのに、日本で得られるモンゴルの情報は多くありません。近いけれどよくわからない、遠いようで身近に感じるモンゴルについて、自分が見たこと聞いたことを発信していきます。

2012年1月、ウランバートル郊外を走る鉄道から撮影