モンゴルでは、旅出つ家族や友人知人に、行った先にいる別の誰かに渡してほしい荷物を預けることがよくあります。私もモンゴルへ行くたび、あるいは日本へ帰国するたび、必ずといっていいほど「荷物の運び屋」を頼まれます。
この習慣、はじめのうちはかなりストレスに感じました。人から頼まれた荷物がスーツケースの半分を占めることもあり、自分が持っていくものを泣く泣く諦めたりしていたからです。だったらはじめから引き受けなければいいのですが、それはそれで残念な気持ちになるのでした。ケチな人だと思われたくなかったのかもしれません。
一方、モンゴル人たちに「荷物の運び屋」はストレスにならないのかと尋ねると、全員一致で「ない」との答え。自分の荷物もあるわけですが、「運び屋」の頼みを断るモンゴル人を私はほとんど見たことがありません。彼らはスーツケースの詰めかたを工夫して、できる限り運んであげられるように努めるのです。
具体的に、どんな荷物を人に頼むのか? この1週間で、私が彼らから実際に頼まれたものを以下に挙げてみます。
2年暮らした日本を離れ、昨年末ウランバートルへ帰国したばかりのドゥーギー(30代男性・建築関係)からは、「自分が帰国するとき、モンゴルから持って行った大学の卒業証明書を東京に置いてきてしまった。日本で就職するときに必要だったんだ。これをカナコの家に友人が郵送するから、近々モンゴルへ行く人がいたら渡してくれる?」
ウランバートルのボルロー(40代女性・主婦)からは、「友人が日本の電子タバコを買いたいんだって。カナコにお金を振り込むから、Amazonで買って、近々モンゴルへいく人がいたら渡してくれる?」
ウランバートルのヨージ(30代男性・イラストレーター)からは、「Amazonで日本のメーカーの彫刻刀セットを買ってほしいんだ。近々モンゴルへいく人がいたら渡して」
ウランバートルのニャムゲレル(40代男性・カメラマン)からは、「東京の藤田さんが昔のフィルムカメラを譲ってくれるので、都内で藤田さんと落ち合って受け取って、来月日本からモンゴルへ行く友人に渡してくれる?」
という感じです。気づけば私も、この慣習についてストレスを感じることがなくなりました。というのも、逆に「荷物の運び屋」を私からモンゴル人に頼むこともあり、結局これがいちばん便利で安心な方法だと実感したからです。
たとえばちょうど昨日、こんなことがありました。日本モンゴル映画祭で上映する、ある作品の映像データを、今週中に監督から送っていただかないといけなくなったのです。ところがデータが重すぎてオンライン送付だと難しく、DVDにして郵送すると時間的な不安があります。そこで、今週来日する友人の知人に監督からDVDを渡してもらい、私が東京で受け取ることになりました。こういうとき、私が友人の知人の携帯番号を聞いて監督に伝え、いつどこで荷物を渡すのかを二人で直に相談してもらいます。本当に助かりました。
モンゴルでは、とくに草原の遊牧生活では、自分ひとりでは生きていけないことを痛感します。つねに誰かの力を借りながら、そのありがたみと人の温かさを感じてばかり。そして人から助けを求められたら、できることは協力したいと思っています。遠慮せず助け合える友人が存在することが、自分の人生を彩り豊かにし、心強い支えになってくれることを知りました。


