Mongolian Economy(2018年3月発行)に掲載
「蒙古班プロジェクト」とは?
モンゴルを発展させる産業とは一体何なのか? これまで散々議論されてきたこのテーマに、新しい選択肢が加わった。“AI(人工知能)”だ。厳しい気候も少ない人口も、この分野においてはデメリットにならない。
「蒙古班プロジェクト」というユニークなAIエンジニア育成プロジェクトが始動している。2021年末までに500人のモンゴル人AIエンジニアを育成し、アジア最大のAI研究室を作るというもので、主導するのは日本企業のデータアーティスト株式会社(DA)。代表取締役の山本覚さんは、東京大学博士課程在籍時に松尾豊准教授の研究所で人工知能を専攻。2013年に DAを設立し、ディープラーニングなどのAI技術の開発に力を入れている。
東大の松尾研究室で山本さんの後輩だったアマルサナー・アグチバヤルさんが、DAのAI事業本部 AI開発部 マネージャーを務めている。数学オリンピックの世界銅メダリストでもある彼を通じ、モンゴルが理数系の教育に熱心で、数々の数学オリンピックメダリストを輩出していることを知った山本さんは、モンゴル人材を育成して優れたAIエンジニアを生み出すというアイデアを思いついたという。ネーミングの「蒙古班(斑)」は日本人とモンゴル人の絆を表し、「班」という漢字には「Team」という意味をこめた。
東京のDA本社では、現在約20人のモンゴル人エンジニアがAI開発に従事している。モンゴル現地法人もこれから立ち上げる予定で、内装工事が終わり次第、1200平米の新オフィスがウランバートルにオープンするとのこと。東京オフィスのエンジニアたちとは別に、ウランバートルでも十数人のモンゴル人エンジニアが現在働いている(上記の人数は取材当時)。
東京本社で働くモンゴル人エンジニアのみなさん
モンゴルはAIに特化した国として発展しやすい
「2019年3月までに新たに75人を採用し、2021年末までには500人に増員する計画」と山本代表。「印象的なのは、これまで知り合ったモンゴルの学生たちに最も尊敬する人物を尋ねると、全員がチンギスハンと答えたこと。世界を席巻した民族の子孫として自分も世界で活躍できるはずという熱量を彼らから感じる」という。
DAに所属するモンゴル人エンジニアは東京大学や東京工業大学など日本でトップクラスの理系学部の留学生が中心で、基礎学力も語学力も高く、短期間の教育でビジネスの即戦力として活躍できるようになるそうだ。長期的に優秀なAI人材を多く輩出するため、DAは新モンゴル学園との連携も進めており、同学園でAIに関する講座も開いている。
「シンガポールが金融に特化して成功したように、モンゴルにはAIに特化した国として発展しやすい土壌がある」と山本代表は考える。「モンゴル国内の店舗に、2016年始めには会計用のレジが1600台しか導入されていなかったのが、1年後には40倍に増えたと聞いて興味深かったです。現状ではインフラが十分に整備されていないからこそ新しいものが早く浸透できます。モンゴル人エンジニアが日本から技術を獲得することで、将来モンゴルの企業にもAIで貢献できるようになり、その結果国の成長につながればいいと思います」
東京オリンピックにも貢献したい
現在AI研究の最先端を走っているのは北米だが、ブレークスルーが起きる段階はほぼ過ぎたそう。これからはトヨタのように、生み出された技術を用いて地道に産業化させていく段階に入っていき、それはまさに日本の得意な分野なのだとか。「蒙古班」プロジェクトの大きな強みは、DAが日本の大手マーケティング会社である電通と業務・資本提携しており(※ 本取材後の2018/2/9、DAは電通の子会社となることを発表)、大規模案件を受注するフローが確立していること。だからコスト面の心配をせずに、大量の人材を増やし続けられる。
山本代表によれば、2020年の東京オリンピックは最先端テクノロジーを駆使して最高の体験を世界の人々に提供する場になる。そして蒙古班プロジェクトメンバーがその仕事の一端を担う可能性が高いという。バーチャルリアリティー技術で東京にいなくても臨場感のある観戦体験ができたり、AIが外国人観光客の行動から嗜好や心理状態を察してお勧めの観光地を提案してくれるかもしれない。
アジアの歴史が変わる瞬間
ところで「なぜ日本人ではなく外国人を育成するのか」という疑問を、日本人からは持たれないのだろうか? 尋ねると、山本代表からはこんな答えが返ってきた。
「私はアジアの歴史が変わる瞬間だと思っています。今は北米の一人勝ちですが、今後はワンアジアとして共に戦い、一つの経済圏として成長することに意味があると思います。弊社のモンゴル人材の多くが日本の国費で留学してきていますので、日本の支援のもと良質なエンジニアを育てることには意義があります。そして私自身モンゴル人と仲が良いので別の国という意識もあまりありません。その関係性があるからこそ生まれた蒙古班プロジェクトが、強いアジアを再びよみがえらせる。10年後ぐらいにそんな日が来るのではないかと思っているんです」